自分がもしも女だったら小鳥遊のようだったのではないかと不動は稀に想像することがある。むろん女になりたいという願望は不動にはない。
自分と、かの女では生まれも家庭環境も何もかも違うのではあるが。
それでもなお自分が女ならば小鳥遊忍になり、小鳥遊が男ならば不動明王になっていたのではないかと空想する。
「あんた、変なものでも食ったの?」
と小鳥遊が知ったら言うであろう。キャハハハハという癇に障る笑いもサービスするに違いない。そもそもがこっ恥ずかしすぎて口にできない。
だから隣を歩く小鳥遊には不動はそんなことは言わない。
「佐久間のやつ、元気?」
「知らねえよ。あいかわらず鬼道の飼い犬やってんじゃねえの」
「あいつ見てるとさ、いつも甘いもの食べたくなるわ」
「へえ」
小鳥遊の発言に不動は周囲を睥睨する。甘いものならばそこいらに山積みだ。特にこの時期は、多い。
チームメイトだった頃、小鳥遊が甘味を食べる姿など不動は見たこともない。
真・帝国の話をする小鳥遊はいつもの半面を覆う髪をほどき、小鳥遊忍を形容するのにもっともふさわしくない言葉だが、しごく普通に髪を垂らしていた。くるくると巻く髪は自前なので、美容院の世話は不要なのだとかつて聞いた。
真・帝国のものではない制服を着崩すことなく纏い、今日は奇妙にふくらんだカバンを下げている。
「家出?」と思い切り表情を作って尋ねてやったら、足を踏まれた上で「死ねよ」と罵られた。死んでいないので、甘たるいにおい漂う街中をこうして並んで歩いている。
「だいたいあんたのカバンも何入ってんだか」
「ああ? 変なもんは入ってねえよ」
確かに不動のカバンの体積も普段より大きい。
むかついたので開けて中身を見せてやる。詰め込まれたスナック菓子やら駄菓子やらに小鳥遊が目を丸くする。「何これ」
「あんたパーティーでもすんの?」
「そんなわけあるかよ」
「買ったんだ? 違うか、あんたけちだもん」
小鳥遊の指摘どおり、これらは不動が購入したものではない。すべては街を覆うピンクと茶色のディスプレイが原因だ。
朝通学した不動は、まず一列に並んだ知り合いに駄菓子と男子中学生の夢と希望のつまった桃色の本を貢がれた。続いてホームルーム終了後に、後輩が何人かで現れてスナック菓子とやはり男子中学生の夜のお友達を献上した。
「不動さん、女子からもらいましたかっ」
「いらねえよ」
「流石不動さん!」
と後輩どもは野太い声で興奮を露にした。同様の現象は帰宅まで続き、不動のカバンは下らないプレゼントで溢れた。女子にもてたい、しかしもてたいなどと軟派な気持ちを抱く自分は許せないと感ずる男子にとって不動は希望の星であり、憧れなのであった。
「きも」
と小鳥遊が感想を述べるが、不動とていいように憧憬やら何やら押しつけられるのは好まない。好まないが、こいつらは今後使えるかもしれない……という極めて利己的な理由だ。
「うるせえよ」
「今のあんたなんかに貢いだってなんもならないのにねえ」
「はあぁ?」
「だって今のあんたサッカー以外になんも賭けるもの、持ってないし」
「どうせお前のカバンの中身だって女どもからの贈り物だろうが。つまんねえな」
小鳥遊が黙る。小鳥遊と話すといつも真・帝国のときの自分に戻りそうになる。第一印象を払拭する機会がお互いなかったからだろうか。
「……さ、佐久間のやつがさあ」
「ああ?」
「あんたがだいぶ穏やかになったとかなんとか言ってたけど」
少しの沈黙の後、小鳥遊が言葉を紡ぐ。不動にとっては世界大会でのチームメイトであり、今なお選抜で顔を合わせる佐久間であるが、小鳥遊と連絡を取り合っているとは初耳だ。
「あいつ、もてんだろうな」
帝国というブランドもあるし、サッカー部のレギュラーなのだし山ほどもらってるのだろうと不動は判断しつつ話をふるが
「あいつはもてないよ。フェロモンないから」
と小鳥遊は断言する。
源田のやつはもてるだろうけど、とつけ加える。二人の違いがどこにあるのかあいまいだ。女子の判断基準だけはさしもの不動にも理解できない。
「そうかよ」
「まあ、でもあんたよりはもらってる」
「そうかよ」
「その佐久間だけどさ、あいつ見てると」
「見てると」
この会話は前もやった。強烈な既視感。
小鳥遊の意図が読めず、不動は繰り返す。
「見てると……見てると、ああ! チョコレート食べたくない!」
小鳥遊の声が急激に上擦ってくる。人の少ない道なので、地面に塀に声は反射する。マフラーからのぞく白い耳は赤い。消防車の色、サイレンの色、非常ベルの色。緊急事態。
小鳥遊は自分で自分は、小鳥遊だ。
かなりの力を必要とするが、緊急事態であるからしかたがない。不動は低い発声を努める。
「………………いる」
「ああ? ああ、あそう。そう。じゃあやるよ!」
大事そうに抱えていたピンクの紙袋から、小鳥遊が可愛らしい包みを投げる。ぎくしゃくした動作だ。そうしてみると人形のようで、佐久間と並んで陳列すれば気持ち悪いように人間性が喪失するだろう。
「どっちかといえば俺は、あいつを見てるとアイス食いたくなるね」
男の小鳥遊は自分になり、自分が女ならば小鳥遊になる。対の存在である。だから、不動の頬も熱を持ったように熱い。
「この寒いのにアイスなの?」
「熱いんだよ」
包みをコートのポケットに不動は滑らせた。金色のリボンをつかの間指で撫でる。ざらざらしている。それもそうね……と小鳥遊が同意する。




(了)