※観用少女パロです
その店は絹とレースと宝石がふんだんにちりばめられており、ふんわりとよい匂いがする。
「香水じゃないな」
と佐久間は言い、「香か?」と考えるそぶりを見せる。店に施された意匠は中華風、和風、洋風と混在していて、どこの国ともわからない。
「まあいいか」
先送りにすることに決めたのか、佐久間が源田に写真を見せてくる。鬼道が軽く頷く。
四角には緑色の上下に身を包み、眼鏡を額にかけた少女が写っている。源田達と歳の頃は変わらない。
「この子にそっくりな人形を探す」
「しかし、いるのか?」
この店にいる人形は、どれも豪奢なドレスを纏っている。見分けがつくだろうかと源田は不安になる。同い年の女子の識別が源田には難しい。まして相手は人形だ。
振り向くと布張りのソファーに、桃色と白のドレスの人形が目を閉じて座っている。
「いる。三日前に鬼道が見た」
カーテンの陰にいるのは、腰から下の膨らんだ緑のドレスだ。似た服装を世界史の教科書で見た気がする。
自分の格好は場違いだなと源田は改めて思った。せめて鬼道達のように制服で来ればよかった。
(買い出しじゃ、なかったんだな……)
源田は鬼道達と違いジャージを着ている。
鬼道と佐久間が並んで校門を出るときに、なぜか部活の買い出しであろうと源田は、判断したのだ。買い出しならば鬼道と佐久間の力だけでは心もとない。己の力が必要であろうと。
今となっては、判断の根拠がわからない。
「すまないな、俺の我儘につき合わせてしまって」
「気にするな」
佐久間の言葉を源田も首肯した。鬼道の力になりたいのは佐久間も源田も同様だ。
くれぐれも人形を起こすなよ、懐かれると買い取りになる。鬼道が注意してくる。人そっくりの生き人形はおそろしいほど高く、その値段が苦にならないほど美しい。身代を潰す人間も多いと冗談でもない口調で鬼道は言った。
「そういうものなのか」と佐久間は呆れ、「そうだろうな」と源田は納得した。瞳を閉じていてもわかる。店内の人形はどれも美しかった。花のような、光のようなもので、近くにいれば幸せを信じる気持ちになれそうだ。
「芸術品ってとこなのか?」
まだ佐久間は得心がいかない顔だ。
滑らかな肌、絹糸の髪、形のよい睫毛……十分ほど店内を歩いた源田は、飾られている一体一体が違う顔をしていることに気がついた。あるものは気が強そうな顔立ちであり、別のものは儚げだった。個性があるのか! その発見に源田は鈍い感動を覚える。
「なあ、佐久間。あの机の横にいる縮れた髪の人形は」
「お前には区別できるのか、源田」
ついてくる佐久間が感心したように声を出す。鬼道は単独行動だ。
「目をつぶられてちゃ、俺にはわからない……」
では、佐久間には判別できないのだ。
せめて目を閉じた写真があればな、と佐久間は悔しそうでもある。どれもきれいだからな、と源田は慰める。
向き不向きなのだろうが、聡明な佐久間にもわからないことがあるという事実が不思議だった。
「近くで見てるせいもあるかもしれない」
提案すると佐久間は人形に負けないくらい長い睫毛をしばたかせた。
「俺は離れたところから見てみる。源田は至近距離を頼む」
まるで他校の偵察中みたいな指示で、源田は思わず口元を緩めた。
悪い、用事ができた。と鬼道が謝りに来たとき源田は三分の一ほど観察を終えていた。
「今のところはいない」
「ざっと見た感じ、候補がいくらかいる」
メモを片手に佐久間が報告する。
「俺達はもう少し見てるよ」
「……ああ、三十分ほどで戻る」
鬼道が身を翻す。ありがとう、と小さく聞こえた気がして源田は佐久間と顔を見合わせた。鬼道の家庭の事情はうっすらとであるが、聞き及んでいる。
「シャンデリアの下にいるのと、壁掛けの近くにいる何体かを見てくれ。赤の髪のと緑のに挟まれてるからわかりやすい」
俄然張り切った佐久間が源田に頼んでくる。
一つ一つをまじまじと鑑賞した源田は、ピックアップされた人形にいくつかの共通点を見出した。
佐久間が報告した人形は、確かに少女に似ていなくはない。肩まで流れる髪も、子供らしさを残した頬も、可愛らしい顔立ちも。
それでもどこか違う気がした。
写真の少女に溢れる生命力が人形にはないからかもしれない。写真の少女は満面の笑顔だが、人形は深い眠りにあるときの、うっとりした表情を浮かべている。そこには生命の輝きを補う美しさだけがある。
(しかし鬼道が見間違えることがあるのだろうか?)
とぼとぼとビロードと屏風の隙間を歩く源田の耳に、ふと空気のたゆたいに乗った他の客の囁きが聞こえてくる。
……最近はドレスじゃないプランツもいるのね……。
(ドレスじゃないのか)
それでは和装か、それとも旗袍のような服なのか。
源田が見た人形たちはどれもきらきらした衣服を身につけていた。形や色はそれぞれ異なっていたが、鑑賞していて心地がよい。
興味を惹かれて源田は声の方向に視線をやった。
佐久間は音もなく寝るのだと、源田は初めて知った。
女性客が見つめる先、装飾用の灯籠の隣、黒い革張りの椅子の上では、人形観察に疲れた佐久間が眠っていた。
(了)