布団から覗く本橋の顔色は真っ白だ。抱き抱えているぬいぐるみの方が、まだしも白くない。
「おー、生きてっか、いお」
「なんのこれしき……」
本橋が唸る。唸った途端にこめかみの痛みがひどくなったのか、ぐええと蛙が潰れるときみたいに鳴く。
「寝てろ」
本橋の呻き声のせいではなく、窓ガラスが風で揺れる。空は気味の悪い色の雲で覆われている。今朝から一帯を包む低気圧は、どうやらしばらく腰を据えることにしたらしい。
「奉仕すれば治るからぁ」
「治るかボケ」
ベッドを蹴る。ぴょこんと布製の犬が飛び出した。
「天彦さんは?」
気圧が影響する仲間の名前を本橋は挙げる。
「知らね。一昨日から帰ってきてない」
高跳びでもしてるんじゃね、と続ける。
「え、天彦さんついに?」
「時間の問題だろ、あいつが捕まるの」
「わかるー。けど、なんて言い方だよ」
ことばとは裏腹に本橋の口調の覇気は乏しい。ぬいぐるみを支えに、よろよろと起き上がった。
猿川はペットボトルを渡す。
「ほれ、薬」
「ありがと」
本橋の喉が上下する。
「ねえ、猿ちゃん」
なんで痛覚ってあるんだろそもそも奴隷には不要な感覚だよね痛みを覚えると奉仕に影響が出るんだよ間違ってるよ奴隷には痛みを遮断する機能が必要だと思いますなんで中身が空なのに痛いなんてあるんだろう奴隷の体なのに言うことを聞かないなんて契約違反だよ。訴えたら勝てるよ。
「ね」
鎮痛剤を飲み込んだ口で一気に吐き出した。
「ね、じゃねえ」
猿川のチョップが響いたのか本橋はまた、ぐううと鳴いた。
柔らかい布地に覆われた身体のラインは仰臥のときと変わらない。
「つけたままかよ」
「え……ああ、うん」
「外せ」
だって負荷が……と世迷言を言う本橋を猿川は無視する。上着の下に手を突っ込み、ホックの位置を探る。汗ばんだ皮膚と、ぎょっとするほど柔らかい感触が猿川の指に当たる。
(なんだこれ)
骨のような金具と肩紐から繋がる金具を外すと、あっさりとワイヤーと布、いくつかのレースで構成された下着は本橋の身体から剥がれた。
「ひどいよ、猿ちゃん」
「なんだこれ」
剥がれた下着には果物が収まりそうな空間があり……いや、それよりも猿川を吃驚させたのは
「こんなんどこで売ってんだよ」
「売ってるわけないだろ、作りました」
二つの膨らみ部分には、黒々と『従』の文字が刺繍されている。
「そこは冷静なんだ」
「あ、色違いもあるんだよ。もちろん奴隷の手作りです」
「はぁ?」
「ちょっと、振り回さないでよ。伸びるだろ」
掴みかかる本橋の重みを猿川は受け止める。腰骨に触れる、弾む肉に戸惑いながら、こいつもしかして下の方も……と連想して、めちゃくちゃに嫌な気分に陥った。頭が痛い。
20230527
タイトルは「頭痛少女の純情」(久美沙織)のオマージュです。