部屋に入ると、それまでは影のようについてきていた二人の兵士が間宮の両腕をつかんだ。
「触る」
な、と続けようとしたところで、痰が喉に絡む。間宮は咳き込んだ。
「ごめんなさいね。手荒な真似をして」
白い簡素な部屋。中央で西園寺が微笑んでいる。
「規則なのよ。優勝おめでとう」
別に嬉しくない。今度は答える前に咳が出た。咳をしている間に、机を挟んで西園寺と向かい合う椅子に、間宮は固定されていた。
「教官に危害を加えようとする優勝者は多いのよ。だから最初はみんなこうしてもらうの。……貴方には必要ないみたいだけどね」
第一印象でカウンセリングルームのようだと感じたのは、正しかったようだ。ここはプログラムの優勝者の精神を解剖して分析する部屋だ。だが俺は狂っていない。
それでも狂ってしまう方が正常ではないのか?
(チームメイトを殺しているのだから)
発熱のために力の入らない体で間宮は考える。
東京の各チームから集められた二十一人を。
「改めて、優勝おめでとう。三日間、お疲れさま」
もっとも間宮の場合はそれに別の人間関係も含まれていた。
「でもちょっと少なすぎるかもしれないわね。殺したのが一人だけなんて」
これは歴代最低記録です。口紅の塗られた唇が吐息を漏らす。その色はあの島に並ぶ自動販売機のものと似ており、嘔吐をこらえるのに間宮は気力を消費した。
「それにずいぶんあっけなかったわね。貴方と藤代君の戦闘は」
藤代と間宮は武蔵森学園中等部でも、同じチームの一軍に所属しており、しかも寮では同室だった。
「今だから言うけど、藤代君、優勝候補の一人だったのに」
間宮から見ても、藤代の運動神経と運のよさは驚異だった。仲間であるうちはこの上なく頼もしい。しかし、しかし――
(あいつにとって、これも単なるゲームだった)
咳は出なくても、炎症を起こしかけている喉は満足なことばは吐き出せない。
「しかたがないわね」
西園寺が合図をすると、両腕が自由になった。ぐったりと間宮は机にもたれた。
メモ帳と鉛筆(どちらにもわざわざ『大東亜共和国専守防衛軍』とロゴが入っている)が与えられたということは、この面談はまだ続くに相違ない。
「これから私がいくつか質問します。紙に書いてくれればいいわ。貴方はそれに答えてちょうだい」
『俺はどうなる?』
問いかけられる前に、間宮は殴り書いた。
「私の言ったこと、聞いてなかったの?」
『お前達は狂っている』
「……そうね、確かに私ばっかり質問するのもフェアじゃないわよね」
三つだけ、質問していいわ。
挑発を西園寺が受け流す。
間宮は紙を凝視した。ならば、この質問が一つ目か。
「貴方の今後だけど、今から授賞式に出席してもらいます。式自体はすぐに終わるわ。マスコミも来ているから、気を引き締めて臨んでね。インタビューには何も答えなくて結構です」
てきぱきと西園寺が説明する。
「式の後も(ごめんなさい、これも規則なのよ)、しばらく貴方は我々の保護下にいてもらいます。ああ、もちろんご家族とは会えるわよ。こちらに来てもらう形になってしまうけど。だけど貴方の安全を考えたら、私達と一緒にいた方がいいと思うの。六十八番プログラムに対する国民の注目って毎年すごいのよ。政府に保護されてなかったら、優勝者はまず普通の生活なんて送れなくなっちゃう」
西園寺が一呼吸おく。
「しばらく、といっても半年くらいよ。それからね、これも事後承諾になってしまうけど、貴方には別の学校に転校してもらいます。貴方の優勝が決定したのと同時に、貴方の寮の荷物を取りにいってるわ」
これから会えるという家族の顔を、間宮は思った。会えるわけがない。
「貴方の教科書も生活用品もね――」
(アガメムノン)
第三の寮での同居人ともいえる大トカゲの思い出は、緩やかに間宮の首を絞めた。会えない。どんな顔をしていればいい。会えるわけがないではないか。
『トカゲは三上にやる。えさも全部』
トカゲの名前を書くのは止めた。三上ならば、文句を言いつつもアガメムノンを大事にするだろう。
「そうね。その方がいいかもしれない。ところで体調は大丈夫?」
『ああ』
頭がさっきから痛い。それから風邪のせいだけではない鈍い痛み。真っ直ぐに文字が書けない。
今になっても、間宮は藤代を殺したことを後悔してはいなかった。藤代を撃ったときに頭にあったのは、仲間を殺された怒りでも己が生き残りたいという願望でもなかった。目の前の茂みを透かして、藤代の後頭部が見える。熱で朦朧としている間宮でも認識できるくらい近くにいる。何も考えずに撃鉄を起こした。
その感覚は今も持続している。
『あいつらはどうなる?』
記憶の中にある、砕けた藤代の頭部はオブジェのようだ。
『渋沢きゃぷてんや水野』
「あら、死体のことだったの」
西園寺が笑みを浮かべる。
「心配しなくてもちゃんと業者に頼んでるわ。その前に、首輪だけは回収するけどね。最近はいい焼却炉も開発されてるから大丈夫よ」
目眩を覚えて間宮は机に突っ伏した。視界の端がちかちかと点滅する。
「授賞式の前に、医務室に行ったほうがいいわね」
首に当たる、西園寺の手は滑らかで冷たい。
「おまえ」
咳。
『お前もこのプログラムさん加者。なんでこれをしている』
鉛筆で体を支えて間宮は質問した。「る」の字で、芯が紙に刺さった。
「最後ね、これで」
ため息をこぼす西園寺の態度は、間宮の質問が終わるのを残念がっているようでもあった。
『こたえろ』
「よく――よく、知ってたわね」
目を閉じる。西園寺の声が暗闇を包み込む。海に浮かぶ。藤代の笑う声。
「ぽすたー」
「そうなの……貴方が生まれたくらいの話なのに」
暗い空間に、小学校で所属していたクラブのコーチにしばしば連れて行かれた定食屋が現れる。肉のまずい店だった。トイレの扉に貼ってある色あせたポスター。はっと人目を惹きつける少女の笑顔。グロテスクなうたい文句とはあまりにもアンバランスな笑顔。『六十八番プログラムは大東亜共和国国民の誇りです!』
その下には字体を変えた小さい文字が並んでいる。『写真:第四十七回プログラム優勝者、西園寺玲さん(東京都)』
「ああいうポスターはもう作ってないから、安心してちょうだい」
退色してパステルカラーになった少女の姿と、女が重なる。
「データがあるの」
声は大人の女性と少女の間を彷徨っている。
「プログラムの優勝者のその後の行動を記録したデータよ。といっても簡単な記録よ。一人三行くらいの。ただ、それによると、プログラム優勝者の十八パーセントは将来、教官に志願する」
すくないな、と間宮が返すのを西園寺は待たない。
「ただし、成人するまでに半数近くの優勝者は自殺している」
三十六パーセント。それならぐっと多くなる。
だけど、だから何だというのだ?
「このプログラムは本当にすごいわ。けど、少しすごすぎるわね。戻れなくなっちゃうの。これを経験してしまうと、もう日常生活では、何のために生きているのかわからなくなる。自分はもしかしたら死んでいるんじゃないかって不安になってしまう。気が狂いそうなほどにね」
『だから』
芯が折れた。最後の力で間宮は西園寺を睨んだ。
「正気を保つためにみんな、教官になるのよ。生きる意味を実感するために」
背後で兵士達が何かを言う。
「わかりました」
西園寺が立ち上がる。白く、長く(冷たくて、滑らかな)指がメモ帳をすくい上げる。
「貴方はどうかしら」
二つ、四つ、八つ。白い指が紙を裂く。おとがいを掴まれる。二重写しになった少女と、女を間宮は呪った。口内を指が侵す。咳き込む意思さえも奪われる。
「飲みなさい」
押し込まれた紙の破片をほとんど盲目的に間宮は飲み下した。ざらついた感触が喉を痛めつけた。
「この子は正気だわ。医務室に連れてって」
荷物のように兵士に引きずられる間宮は、かすかに西園寺の唇が動くのを確認した。
またね。と。
(了)
バトロワ優勝経験者の西園寺監督って良いなと思って書きました(でもちゃんと子供を守ろうとしてるバージョンの監督も好きv)。
バト笛全盛期からは少し遅れてはまってたので知らないだけかもですが、全盛期には尾花沢監督が優勝経験者のお話とかもあったのでしょうか。気になります。