■カプ妄想語ったー(http://shindanmaker.com/a/169048)様の「相手がポッケに入るくらい小さくなった」やつから妄想しました。鏑木君が小さくなります。
■青←鏑気味。女装あるのでご注意ください。
鏑木が小さくなったのは金曜の部活が終わった直後であり、青八木が驚いた声を出すのを鏑木は、このとき初めて聞いた。
(え、青八木さんもこんな声)
感心が勝ったおかげで、自身が掌に載る程のサイズまで縮小してしまった衝撃はあまりなかった。制服の海に転がる鏑木を青八木は慎重に掴み、とまどいがちにシャツのポケットに入れた。離れていく地面を見ていると、まるで空を飛んでいるようだ。気分が高揚する。
小さくなった鏑木は、(手嶋と段竹も参加した)相談の結果、とりあえず青八木の家に行くことになった。
青八木の家を訪れるのも、部屋に入るのも初めてだ。
部屋は想像していたものよりも物が多く、色鉛筆の箱やスケッチブックが積み重なり、文房具屋の倉庫のような有り様だ。
摘まみ上げたときの丁寧な手つきで、青八木は鏑木を机に載せた。
むきだしの肩を、腕を、脚を覆うタオルからは柔軟剤のいい匂いがする。普段の青八木の匂いとは少し違う。
「母のだ」
「青八木さんのお母さん」
どうやら顔に出ていたのか、青八木が説明する。
「青八木さんにもお母さんがいるんですね」
「どういう意味だ」
青八木が眉をしかめる。色の抜けた眉毛が動く。
「や、変な意味ではないです。青八木さんにも子供の頃があったんだなって思いました」
鏑木は訂正する。青八木の両親のことなんて、今まで考えたこともなかっただけだ。
青八木には父親がいて、母親がいて、その二人にもさらに両親がいる。青八木も生まれたときから、金色の髪をして、真面目な顔をして、淡々と存在していたわけではない。
「遅いすね、段竹」
段竹の家は妹達がおり、プライバシーなんてあってないようなものだ。このサイズの鏑木が行くわけにもいかない。その代わりに服を調達してくる、と段竹は言った。まさかあいつ、縫うつもりだろうか。
間に合うのかなと鏑木は思う。
(冬じゃなくてよかったー!)
温度が低い時分なら風邪を引いてしまいそうだ。
段竹には、ついでに鏑木の家に、先輩の家に泊まる旨を伝えてもらうことにもなっている。手嶋の計画だ。
だが、これはどうだ。どうしたことかと鏑木は思う。青八木が笑わなかったのが、せめてもの救いだ。
(これ、女の服じゃん……)
タオルに代わって、鏑木が着ているのはオレンジ色の衣装だ。上下が一体化した、要はワンピースであり、袖とスカートが丸く膨らんだデザインは恐ろしいことに鏑木の体型でも着用ができた。
(なんだよこれ、段竹!)
(……すまない)
当人の段竹が項垂れていたこと、さらには青八木の前で感情的になりたくなかったこと、両方から段竹をそれ以上責めることもできない。鏑木は半ばやけくそ気味に、段竹の妹の人形の服の裾に頭を突っ込んだ。箪笥の中の 匂いが鼻孔をくすぐる。
(これ、ちぎってもいいか。段竹)
(だめだ、一差。ちゃんと返すと約束した)
縫いつけられたレースを指差すものの、段竹は首を縦に振らない。
段竹が帰宅してから、裾から入る空気の心許なさに、こうなって初めて鏑木はざわざわとした不安を覚えた。
(戻んのか、俺)
戻らなかったらどうする。親は、学校は、部活は。来年のインターハイは。
小野田に勝つという目標も果たせないまま、このサイズでスカートを穿いたまま死ぬのか。
(嫌だ)
ぶるぶると頭を振る。
「段竹に、電話するか」
「いえ」
声が落ちてきて、ああそうだここは青八木さんの家だと鏑木は正気に戻る。
上から青八木がじっと、鏑木を見ている。
青八木は不変だ。
きっとこれからも。
角にかけられた指に、鏑木は頭を載せた。青八木の指は温かい。
鏑木は少し、安心した。
次の日、日が高くなる頃に青八木は帰ってきた。
青八木さん律儀だな、と鏑木は嬉しくなる。青八木が心配してくれるのが嬉しい。青八木の顔が見れるのが嬉しい。
「おかえりなさい」
「大丈夫だったか」
「あ、はい。問題ないです」
今日の部活の話を、着替えながら青八木は話す。小野田が休んだ鏑木を気にかけていたこと、午後に手嶋と段竹が来ること……どれも普段の青八木の口からは出てこない事象ばかりで、鏑木は軽く感動を覚える。
「こら、聞いてるのか」
「聞いてます、あ、そうだ。あれ」
鏑木は机からベッドに飛び降りた。スケッチブックの崩れた山を指差した。危なくないように、と昨晩青八木が除けてくれたものだ。
「中見てもいいですか」
いいですか、と言いながらも鏑木の目的は決まっている。青八木が片づけているときに、見えたのだ。
駅の周辺、公園、銀杏の並木道、それから自転車の絵の次に鏑木の目当てはある。
「見たかったんですよ、この絵」
捲る青八木の指に、鏑木は話しかける。特に珍しい風景ではない。青い空に、どこまでも道が続いている。道脇には草が揺れて、濃い影を落としている。
夏の絵だ。
「気に入ったのか」
鏑木は頷いた。青八木がスケッチブックを立てかけたので、壁画のように観賞できた。一歩、二歩と鏑木は下がった。
「そうだ。写真撮りましょうよ写真」
「写真?」
本当はスカートでなくてジャージを着ていれば最高だったけれど、自転車があればもっとよかったのだけれど。
鏑木は絵の前に立った。
もしかしたら写真の中では、自分はこの絵の中に立っているように写るかもしれない。どこまでも明るい、光に満ちた青の空の下に。
道を進めば、いつかその先の光景が現れる。
「ああ」
納得したのか、青八木が携帯のカメラを弄っている。
「かっこよく撮ってくださいね!」
叫んだ鏑木は、一瞬上空に空が広がっていく錯覚に捕らわれた。
「……青八木さん」
夜だ。
呼びかけても、返事がないのを鏑木は確認した。
「青八木さん」
布団代わりのタオルから、暗順応を待って這い出す。輪郭で当たりをつけて、昼間のようにベッドにダイブした。
左半身を下に眠る青八木は静かだ。寝ている・寝ていない以前に生きているのか不安になる。
通行する車のヘッドライトで、部屋の中が浮かび上がる。昼間とは違う場所みたいだ。
「……青八木さん、俺は」
鏑木はことばを探す。そもそも何で今ここに来てしまったのかが自分でもわからない。寝ている青八木に告白したところで何かが変わるわけでもない。理解している。
「俺、実は昼にですね。このまま戻らなくてもいいかなーって、ちょっとだけ……もちろんちょっとだけですよ、思ってしまったんだ」
鏑木は思考を探る。
一生懸命話す青八木の横顔を、青八木の描いた空の絵を、指の温かさを、思い出す。
「ハハ、わけわからないですよね。本当は早く戻りたい。戻って自転車に乗りたいです。部活にも行きたい。今泉さんや鳴子さんの嫌味も聞きたい」
どっちも本当だ。戻らなくたっていい。戻りたい。それは二つとも同じくらい大きな音で、鏑木の中で鳴っている。
「だけど青八木さん……」
「……戻れるさ」
(!)
掠れた声は、知った青八木の声ではないようにも響く。高く遠い場所の声。青八木が目を開けて、こっちを見ている。
喉仏が動く。
「戻れる。だから心配するな」
「してません」
対峙するのは鏡のような目だ。映る不安そうな表情の自身に、鏑木は否定する。
「してない……怖くない」
「そうか」
「はい」
「なら信じろ」
「信じます」
青八木の口が自分の頭よりも大きいことに、今さら気がついた。
(そうだ……でも別に俺は……青八木さんだったら……)
鏑木は瞳を閉じる。お前は戻るよ、と声がまた続ける。細胞に語りかけてくる声。そうだ、戻る。俺は。
「信じます。信じてます。青八木さん」
「よし……」
青八木の声が暗がりに溶けていく。半分寝ぼけていたのか、欠伸のような呼気。
(机に行けって言われてないな)
ならここで寝てもいいのだろう。鏑木は人形の服を脱ぎ捨てる。朝起きて戻ったときに、破れては困る。
(了)
起きたら戻ってるパターン。
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