(幽霊がテラさんに会ったら)
氷を探しながら湊は考える。消灯されたキッチンの中で冷凍庫だけが明るい。
星形や猫みたいな形の氷があるのは、キッチンを管理する本橋の拘りだ。
(こうやって自分に水分を取らせようとするんだ。その手には乗らない)
「大瀬くん」
「ははは、はい!」
「眠れないんですか」
入り口に草薙が立っている。薄暗い中でも姿勢がいい。
「理解さんは」
「私はお手洗いの帰りです。今日は楽しかったですね」
「は、はい」
草薙の声にあくびが混ざる。ことばだけはクリアだ。
「しかしあの道はいけませんね。不良の溜まり場じゃないですか」
(……?)
車を降りてから、集団を見た記憶は湊にはない。
「大瀬くんもあの道の、あの家の近くは通らないようにしないといけませんよ」
通報はしましたが、と草薙は肩を竦める。
「待ってください。いたんですか、誰か」
「おや、大瀬君の側からは見えませんでしたか。一クラス分くらい、不良が集まってましたよ。あれは猿の知り合いかな……いや、さすがに違うか」
腐ったリンゴのようだった廃屋は、人の気配はみじんもなかった。
だが、草薙は嘘をつく人間ではない。草薙が嘘をつくなんて、伊藤が真人間になるよりもありえない話だ。
「妙に静かにしてましたが、私の秩序に恥ずかしくなったんでしょう」
湊の沈黙を不安ととらえたのか、草薙の声は柔らかくなる。
「それって……」
湊は俯く。己の足の指は見えない。見えないがそこにあることはわかる。
「それに、すぐに解散してましたよ。次見たらいませんでした」
(えええええー……)
「いつ、いなくなったんですか」
「確かテラさんが果物の話をしてるときですかね」
「そうですか……」
おやすみなさい、と草薙の影が頭を下げる。
「おやすみなさい……」
草薙の正した空気を乱さないように、慎重に湊は部屋に戻る。
(でも、幽霊がテラさんに会ったら)
真っ暗で何もない地の底にいたのに、突然あんな眩い光に照らされたならば。
(きっと)
目を焼かれ、体を焼かれて消滅してしまう。
そして元の地獄に戻ることもできやしない。
部屋で湊は床に座って瞳を閉じた。
明るい場所に惹かれる気持ちは他人とは思えない。
それでも。
光に近づいて消滅できる存在が心から羨ましかった。




20230610
天彦さんも除霊できると思います。